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9月 29, 2022

その虫の名前は。

先日の虫の名前あてクイズにすぐにレスポンスしてくださった方がいました。

ホウジャクというスズメガ科の昆虫だそうです。

40年以上のモヤモヤがスッキリしました!

ありがとうございます。

 

とにかくこの方は博識で多方面の才能がすごいんです。

 

私の身の回りには色々な才能を持った方がたくさんいて、いつも助けられています。

能力がある人は羨ましいとも思うけれど、自分ができなくとも、誰かが助けてくれるので、自分自身ができなくても大丈夫です。

なんでもできるようになりたいと思っていたこともありましたが、現実は無理だし、自分のできることでできる範囲で助ける、あるいは応援するということで、仲間との信頼関係は強くなっていきます。

 

 

9月 27, 2022

一番つらい喪失体験は。

今まで数え切れないほどの方達からお話を伺ってきた。

初診だけでも1人平均1時間。

 

学生さんたちに教える教科書には、

人生の中で最もストレスになる体験は何かという

ランキングとインパクトの表が書かれている。

それはさておいて、私が臨床経験の中で一番つらい喪失体験はこれではないか、と思うものがある。

 

それは、不慮の事故などで愛するこどもを失う親の悲しみだ。

いろんな方の悲しみを受け止めているともらい泣きするのを堪えることはよくあるが、

この悲しみだけはいつも涙を止められない。

私が経験したからというわけではない。

 

開業して間もない頃、もう少し時間的に余裕があった時は、そういった親を私自ら毎回十分に時間をかけてカウンセリングしていた。喪の作業を一緒に行い、1年くらい経つと、「やっとこどもが残してくれた愛を糧に生きて行く、自分なりに折り合いをつけていける気がしてきました」と卒業されていった。

しかし、たった1年では喪失の悲しみは癒えない。私は一番しんどい時に少しだけ寄り添ったにすぎない。

 

今も何人か息子さんを事故や急病で亡くした方が通院しておられる。

毎年毎年、事故の日、息子さんの誕生日、お盆、そのほか息子さんに関連した日が近づくと気持ちが不安定になる。

変な命名だと思うが、これを「記念日反応」という。

 

私はそれぞれの患者さんの「記念日」を記録し、そのタイミングに近づくとより一層注意深く診察を行うようにしている。

「なんでもないです」とおっしゃるが、言葉にはしないものの目を合わせ(心の中で)「しんどい時期ですね」とゆっくり頷くと、患者さんの目が赤くなって涙がこぼれ落ちる。

抑圧せずに表出していった方が良い。

初診の段階で深いところまでお伺いし、悲しみを共有したからこそ、目を合わせるだけで通じてしまうのである。

 

こどもを失う親の悲しみほどつらいものはないと思う一方、

幼い子を残して急逝する若い親の無念もつらい。

 

「パパの愛はずっと残っているからね」

残された幼な子にはこう伝えたい。

 

 

ここから先は精神科医としては言うべきではない言葉だが、

私個人の感想を述べたい。

 

命を捨てるならば、彼らに分けてほしい。

 

この言葉に怒りを感じる方は

おそらく感謝の心が育っていない人かもしれない。

そういう方は私には寄り添うことがむずかしいと感じる。

 

*現在当院ではカウンセリングをおこなっておりません。毎回じっくりとお話することをご希望される方は他の機関をおすすめしています。

 

 

 

9月 18, 2022

日本の英語って。

ちょっと面白いユーチューブ動画を見つけました。

Kevin’s English Room。

今の英語教育がどうなっているのか知りませんが、私の世代では、中学、高校と学校で結構みっちり英語を教わりました。

学校の勉強の習得はそれなりに順調だったと記憶しています。

予備校には通ってませんでしたが、予備校の学力テストで全国2位までいきましたから、学校の勉強だけはある程度できたといえると思います。

しかし!

海外に行って、習ってきた英語を使ってみるとなかなか通じないし、

日本では習っていない話し言葉がたくさんあるある。

アメリカやカナダに身を置き、つかの間でしたが勉強した時期もありました。

私の英語は硬すぎると言われました。

ただ、実際はそれだけではなかったようです。

ニュアンスがおかしかったり、失礼な使い方がたくさんあったと思います。

みなさん優しいので、「お前の英語は失礼だ」とは言いませんから、

私は知らないまま失礼な英語を使っていたのです。

 

誰が日本の英語の教科書作ったんだと文句を言いたい!笑

今の私は英会話できませーん。

教育の問題ではなく、単に私の言語能力の問題でしょうが、

こんなに勉強したのに、、、という思いがあるのです。

 

そういうことがわかってきた今、また英語勉強しようかな?

それとも中国語?

中国に武力支配されるのも、あり得なくはない・・・

 

そういえば、第2外国語でドイツ語も勉強しました。サボりまくったので習得できませんでしたが、ドイツ語圏に行ったときに標識が読めたのは助かりました。シュナイダーとかクレッチマーとかドイツ語圏の偉大な精神科医がいたので、著書を読むためにはドイツ語を理解する必要があり、昔の精神科医にはドイツ語ができる先生が少なくありません。西尾忠介先生に毎週クレッチマーなどドイツ語の原文読み下しのクルズスを受けられたことは一生の宝物だと思います。

一説には患者さんにカルテを覗かれても何が書いてあるかわからないようにドイツ語で書いているという先輩もいました。妄想があるとか、支離滅裂なことを言っているとか、所見を書くわけですが、患者さんは自分の思い込みを妄想だとは思っていないわけです。覗かれると当然揉めますよね。

先輩方のカルテを真似して私もドイツ語のカルテを書いていた時期もありましたが、今はドイツ語で書く意義もなくなり、接することも無くなって、ほとんど全てを忘れました。でも、無駄だったとは思っていません。

 

9月 13, 2022

魔女の一撃。

「ぎっくり腰」は魔女に腰を撃たれたように急激な痛みが走ることから、ドイツでは「魔女の一撃(Hexenschuss:ヘキセンシュス)」と呼ばれる

毎年この時期ぎっくり腰になる方がとても多い。

リモートワークの影響で例年よりもさらに増えているようだ。

当科の診療でもそれがはっきりわかるくらいだ。

どうしてこの時期にぎっくり腰が多いのか、理学療法士の先生に伺った。

いわゆる夏バテの一つではないかという。

クーラーで冷えて固くなった筋肉。

そして水分過多で弱った胃腸は筋肉を固くする。

筋肉が柔軟性を失えば関節に負荷がかかる。

そういうことなのかもしれない。

 

パンデミック以前はどんなに忙しくても週2回の筋トレは欠かさなかった。

この3年弱所謂筋トレというものをしていない。

最近は理学療法士の先生からインナーマッスルを鍛えたり、コンディションを整える方向で指導を受けている。

心身の相関についても新たな視点を与えられた。

何事も極めた人から教えられるものは大きい。

患者さんにも少しずつフィードバックしている。

心身相関は私が医学を志した原点の一つである。

 

基礎ができたらまた思いっきり筋トレしたい。

9月 11, 2022

この虫、なんて名前?

蜂のようで蜂ではない。

なんか、海老っぽい形。

花の蜜を吸い、動きがとても速い。

小学生の頃からずっとわからなかったこの虫の名前。

今なら画像検索とかできるのかな。

 

小学生低学年のころ、私は斉藤君と授業を抜け出して虫取りに興じた。生意気にも程があるが、学校の授業が簡単過ぎてつまらなかったからだ。

斉藤君、元気にしてるかな。

ここには詳しく書けないが、随分と無茶苦茶な小学生だったと思う。破天荒という良いものでは決してなかった。担任だったN先生ごめんなさい。

 

いつもつまらないブログだが、後から読んで面白くもないブログはそろそろ消そうかな。

9月 9, 2022

2022年インフルエンザ予防接種予約開始!

インフルエンザワクチン予防接種ご予約開始        

令和4101日よりインフルエンザ予防接種開始します。

料金は1回目4000円(税込)2回目3000円(税込、1回目を当院で接種した方)です。

ワクチン入荷数に限りがございますので、お早めにご予約ください。

なお、上尾市に住民票のある方で65歳以上の市民は、市の助成があり1500円(予定)の自己負担となります(1回目のみ)。

助成対象となる期間は令和41020日~令和5131までです。

埼玉県内の65歳以上の方であれば、同様の助成が受けられますが、お住いの市によって自己負担分が異なりますのでご注意ください。

当院通院中であっても、小学生以下、妊婦・妊娠の可能性のある方、卵やワクチンにアレルギーのある方、当日体温が37.5度以上ある方、(大人もこどもも)注射が怖くて大声を出したり暴れたりする方は当院では接種を行いません。

 

上尾メンタルクリニック 院長

9月 4, 2022

睡眠ドックはじめました!

睡眠ドックはじめました!

自宅で5日間脳波の検査をしていただき、睡眠の質を評価し、アドバイスを行います。

費用は自費で、医療保険は使えません。当院通院中の方は割引きの優待があります。詳しくはお問い合わせください。

 

当院では睡眠に強い関心を持ち、睡眠センターと連携しながら各種睡眠障害の治療のほか、睡眠の検査にも携わってきました。

従来の睡眠時無呼吸症候群の診断のための検査も行ってきましたが、

診療を行う中で、睡眠の質を知りたい!という声をたくさん聴いてきました。

今回睡眠ドックで病気の有無にかかわらず、睡眠の質をチェックできる検査をはじめます。

精密な検査による睡眠ドックは上尾メンタルクリニックが埼玉県の医科、心療内科、精神科で初となります。

(従来の睡眠検査のゴールドスタンダードであるポリソムノグラフ検査との同時計測試験で、中央値86.9%の一致率を確認しています。)

 

睡眠時無呼吸の検査は一般的に一晩の検査であり、その日のコンディションによって数値がだいぶ変わってしまうこともありました。

任意の5晩の睡眠の検査をすることで、平常の睡眠がどうなっているのか評価しやすくなります。従来の酸素濃度の検査はそのうち2日間同時に行います。

睡眠のトラブルのリスクについても評価します。(ただし、通常の診療ではありませんので確定診断やその結果に基づいて治療を開始することはできません)

そして睡眠改善のアドバイスも行います。

 

検査結果は睡眠の専門医が評価して書面にいたします。

さらにご希望の方には当院では睡眠障害の治療や検査に携わってきた院長がその結果を解説いたします。

 

あなたの睡眠しらべてみませんか?

ちゃんと眠れていないと、こんな影響があります。

こんなお悩みも睡眠が関係している?!

自宅でできる精密検査!(脳波測定のため、おでこや首にシールを貼りますので、ご自分で貼れない方はご家族に貼っていただく必要があります)

 

睡眠の質を知るには、脳波計測が最適です

申し込みはお電話の上ご来院いただき、申込書と同意書、問診票にご記入いただきます(メールアドレスが必要です)。

窓口で費用をお支払いいただくか、お振込みを確認させていただいた時点で契約成立とし、その後QRコードと検査のIDをお知らせします。

WEBでの手続きが完了次第、検査キットをご自宅にお送りいたします。

任意の5晩の検査を終えたら、お早めにキットを返送してください。(最初の検査も含め、毎回機器の充電が必要です)

結果は2~3週間後にご自宅にお送りします。

さらに院長による解説をご希望の方はご来院の予約をお電話でお願いします。

(インターネットがご利用できない方は当院でネット手続きを代行いたしますので、睡眠アンケートを手書きで提出していただきます)

(ご来院無しでの申し込み、専門医の報告書を直接郵送やWEBで確認いただくプランも可能です。その場合は院長の解説はありません。)

8月 24, 2022

成し遂げること。

お会いした時から、明晰な頭脳と向上心とど根性をリスペクトしておりましたが、F先生はやはりすごい。

勝手ながらあの頃から私はさらに次の段階を想像していました^^

*特定の方向けのブログですみません。

 

8月 22, 2022

正しいってどうよ。

先日総合病院でご指導いただいた先輩からメールを頂戴した。

「年を取るとだんだん自分のことができなくなる。

やりたいことはやっておくことです。」

まさに仰せの通りだと思う。

人生はあまりにも短い。

明日には命がないかもしれない。

ここでは、「人はなぜ生きるか、何のために生きるか」という話はできないし、しない。

ただ、どうせ生きるなら、少しでも楽しかったとか、良かったとか、満足した、幸せだったとか思って死にたい、と私は思う。

楽しい時間は本当に短い。

 

個人的にお付き合いのあるクリエイティブ系の第一線でご活躍の方がこのようにおっしゃった。

「長生きしたいとか思わない。もう十分生きた。今死んでも良いと思っている」

1人だけの言葉ではないから、クリエイティブな仕事に共通する何かがあるのだろうか。

命は惜しくないと強がっている人の言葉とは違う。

アクセル全開で人生を満喫しているように見えるし、

一流のお仕事をされてきて、確かにやり切ったと言われたら納得してしまう部分もある。

創造するためには身を斬るような苦しみを伴い、エネルギーを使い果たしてしまったという感覚もあるのだろうか。

 

「今死んでもいい」

という言葉はいろいろな意味がある。

もう十分にやりたいことをやり尽くしたから満足しているのか、

希望が持てないから、生きるのが辛いから、お終いでも良いと感じているのか。

PTSDでも、「将来に希望が持てず長生きしたいと思わない」という症状を伴うことがある。

発達障害の一部の人は「生きる意味、目的がわからない」という。(彼らはしばしば、学校に行く意味がわからないと言って不登校になったり中退する)

また、死んでもいいと死にたいは同じではないが、境界性パーソナリティ障害の人の一部には「死にたい」と発することで同情してくれる人の心を操作しようとする人もいる。

はたまた、藤井風の「死んでもいいわ」かもしれない?。

 

私もいつ死んでもいいと思っていた。

バイクで危険なレースもしたし、キックボクシングもかじった。

バイクレースで切れた走りをする人は、やはり死への恐怖感がない、ぶっ飛んだ人だった。

心の中に切れ味の鋭いナイフを抱えているように感じた。

 

私は実際に死ぬかもしれない状況になったことがある。

よく聞く話の通り、今までの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

最後の瞬間だと思った時、それまでに世話になった人、愛情を分けてくれた人に「ありがとう」と心で唱えた。

 

私の知っている人のなかでも、いわゆる“生還”した人が何人かいるが、その方達は「一度失った命。もう1回もらったと思ってありがたく頂戴し、どんどんやりたいことをやっている」と教えてくれた。

 

やりたいことをやるって難しいことも沢山あるけれど、忘れないようにしたい。

 

しかし今回は、ちょっと違う視点で。

やりたいことをやるという視点を反対から見ると、

やりたくないことをやらないということも大事な要素である。

 

やりたくないことに人生の時間の殆どを費やしている場合ではない。

もちろん、社会で生きているのだから、責任や義務はある。

他人を侵害しない範囲で、ということになるが。

 

やりたいことをやる時間を作るにはやりたくないことに費やす時間を最低限にする必要がある。

基本的に、自分が正しくないと思っていることはやらないようにしたい。

 

私も今の自分の価値基準で正しくないと思うことは昔はたくさんやって来たと思う。

結局自分が正しいと思えないことをやり続けるのは、自分を損なうことにつながっていたような気がする。

悪いことをした後悔や恥の気持ち。

会社の利益のために、正しくないことを正しいと正当化して無理してやっていた自分。

 

正しいか正しくないかなんて正解はない。法律では正解があるかもしれないが、

国も変われば、正しさも違う。

ロシアや中国、北朝鮮など横暴な国のすることは正しく見えないが、彼らは自分達が横暴だとは思っていない。自分達こそが正しいと思っているはずだ。

話が通じない人といくら話しても通じないことが多い。エネルギーと時間の無駄という事も言える。

 

私がクリニックの仕事でやりたくないと思っているのは、障害者年金や診断書にまつわる不正である。

 

コロナ禍で、コロナ給付金を騙し取る詐欺が横行した。

国の金だと思うと政治家の皆様はいくらでも無駄遣いするし、

給付金詐欺の心理的ハードルも下がるのかもしれない。

 

障害者年金の受給でも不正が横行している。

色々なパターンがある。元々障害の程度や病気の種類から障害者年金に該当しない方が、医師に嘘の申告をして診断書を得るか、作文を強要するか、社労士を使って金を積んで年金を勝ち取るというパターン。

あるいは当初は障害が重くて年金相当だったが、現在は軽快して給料も得ており、年金に該当しないが、継続して年金を得るために医師に作文を強要するパターン。

医師も患者さんにいい顔をしたいから特別な計らいで診断書を書いてしまうこともあるようだ。

61nandemoは給与所得があり、しかもダブルインカム。現状としては障害者年金受給に該当しないはずだが、画策し私を操作しようとしたが、それに寄り添わなかった。

私はありのまましか書かないことにしている。

不正に加担することは自分も傷つけることになる。

私は頑張っている人を応援したい。

 

社労士がらみの不正というのは別のパターンもある。

知的障害などの障害者年金の診断書作成について。

私の知る限りでは障害者年金診断書の作成料金は一般的なクリニックで1〜2万円程度である。

本人(保護者)の生活状況自己申告書もあるが、患者さんにそれを書く能力がない時は手伝ってあげる時もある。

通常はそれで足りる。

しかし社労士の一部にはネットで障害者年金をより多く勝ち取れることを宣伝して客を吸い寄せている。

社労士も成功報酬を多く手に入れるために医師に作文を強要してくることもある。

手付金のほか、成功報酬と称して合計数十万円に及ぶことも少なくない。

貧困ビジネスの中でもこれはひどいと私は思っている。

私は社労士の不当な介入を一切許容しない。

 

もちろん、私の知っている社労士さんはとても善良な方であるし、これは一部の悪徳社労士の話である。

 

何が正しいかは正解はないが、私が正しくないと思うことはなるべくしないようにしている。

正しいってどうよ。

 

8月 21, 2022

金持ちってどうよ。

冗長でくだらない独り言...

この話には結論もない。

 

先日1通の手紙を受け取った。

大学生時代に返還不要の奨学金を支給していただいた、奨学金育英基金からのものだった。

低金利のため資金の運用がうまくいかず、後輩たちの奨学金を用意することが厳しくなっていると言う趣旨のものだった。

 

私はこの手紙を受け取るたびに、毎回できる範囲で寄付を行なっている。やはり恩返しはしたい。本当に助けられ感謝している。これからも恩返しは続けていく。

 

私が育った家庭はいわゆる低所得者層に位置する家庭であったため、中学の頃から日本育英基金など最大限の金額で奨学金を貸与されていた。奨学金というと聞こえは良いが、ただの借金である。ローン返済は医師になっても長期間続いた。

 

現在では違法状態だが、私が研修医の時は大学病院の給料は25000円だった。日給ではない、月給である。正確に言えば、無給に奨学金25,000円。もちろん社会保険もなし。多分、医師として日本一安い給料だ。生活のためには他所の病院で夜勤や当直のアルバイトをしてなんとか生き延びていた。

 

話は大学時代に戻る。第一志望の国立大学にあと3点で不合格となった(当時点数開示があった)私は、挫折感と劣等感に満ちた大学1年生を過ごした。アクシデントで受験日当日、最初の1教科目を受けられなかったという言い訳もかっこ悪く、それも実力のうちだと今は納得している。

 

同級生には日本有数の大企業の御曹司や、それぞれの分野でご活躍され著名な親を持つ御子息、ご令嬢がたくさんいた。低所得者層と呼ばれる家庭で育った者は私を含めて3人確認できた(実際にはもっといたかもしれない)。その3人は奨学金ローン以外に、返還不要な奨学金を勝ち取ることができたのである。自虐的に「ビンボートリオ」と名乗った(貧困とはいえないが)。

 

私の出身校は皆様の思い込みに反して私学の中ではダントツに授業料が安かった。

学生の質を保つために大学が身を切る努力をしていたそうだ。職員の給料の安さもそのひとつの表れだったのかもしれない。

それでも私が卒業できるかとても不安ではあった。

 

しかし、同級生たちは所得の低さを馬鹿にすることは一切なく、分け隔てなく友達になった。

私は4畳半、風呂無し、トイレ共同のアパートに住んでいたが、友人たちがよく集まってきた。

みんながお酒を持ち寄って笑っていた。友人が泊まった夏の暑い日にエアコンがなく、ドアを開け放ち寝ていたら、暴走族がうるさくて眠れなかったが、それも楽しかった。

 

世の中では、金持ちの息子ほど鼻持ちならん奴はいないだろうと勝手に思っている人が多い。

私の同窓生の多くは経済的に恵まれていたためか、金金いうこともなく、人を妬むという邪悪な心もなく、やりたい医療や研究を純粋に追求し、目の前の患者を救おうと真面目に臨床に取り組む人が多かった。私が受診するならば同じ大学の同窓生が良いと決めている。裕福な家庭で育って羨ましいと思ったが、相手には傲慢さも見下す態度もないので、妬むという気持ちはあまり発生しなかった。

 

もちろん、同学年100人のうち2~3人くらいはカネの亡者に見える。

 

そのうち1人は父親が政治家、とても傲慢なやつで、学生時代に車3台、高級マンションに住んで、いつも誰かを馬鹿にしていた。医師になってからも何年かは親から毎月50万の生活費をもらっていた。医療従事者の心はなく、良心的ではない(と私が思う)やり方で金儲けし、趣味に没頭、プロの腕前となっている。彼はIQが非常に高く、人を言いくるめてモノのように利用するので、経営者向きとも言えるが、同期はあまり近寄らない。

 

しかし、超高学歴国立大学出身の医師にはもっともっとビジネスを徹底的にやっている人がいる。いわゆるアスペルガータイプであまり共感性や他者への思いやりがなく、超合理的に物事を考えて、その優秀な頭脳を効率的に金儲けに利用し、経済的に大成功している方も少なくない。

金儲けが悪いという考えは正しくない。大いに稼いでいいと思う。ただ、人を損ない搾取するその方法や思考によって非難されるべきである。

 

もちろん、地域のために社会のために命がけで活動している超高学歴国立大学出身の医師も身近にいらっしゃる。

その方も裕福な家庭で育ったと伺う。

 

また、莫大な収益を上げ、信念を持って社会貢献をしている同期もいる。従業員500名の大企業で、低所得者層向けの老人施設も新たに作るなど人の役に立つことをわすれない。間違いなく金持ちだが、ノブレスオブリージュというのか。

 

人々はいろいろな先入観を持っている。

私が大学医局の人事命令でとある病院に勤務していた。元々は医局の大先輩が創設された愛のある病院だった。

病院の事情で、突然そこに地方国立大学出身の医師が部長として赴任してきた。その方の仕事は、重症な患者さんたちをもがきながら懸命に診てきた職員たちの仕事を全否定することから始まった。張り切って自分ができるところを見せたかったのかもしれない。しかしそれぞれの病院にはそれぞれの事情があって、他の病院のシステムをそのまま使えるという訳ではない。

私に対しても、「何一つ不自由ないだろう」「イケスカナイやつだ」と追い詰められ、私はとても消耗した。いつも自分を大きく見せることに注力し、偉人の言葉を並べたて、今まで集めてきた名刺を見せて「人脈と力がある」と誇示した。期待感をもたせる話が上手で、私も最初はとても喜んだ。しかしすぐに職員たちは皆「薄っぺらい人だ」と失望した。自己の利益のためには人を利用していくという合理主義が明確で、言葉の力を悪用した。正体がバレると求心力を失い、馬鹿にしていた病棟マネージメントもできず、いつも真っ赤な顔をして看護師を怒鳴っていた。

ドケチな人だったが、看護師に「一億円の貯金がある」と自慢していた。金融資産1億円というのは富裕層といえるが、金持ちというのかどうかはわからない。何か残念だった。頑張っているスタッフを見下し、皆を傷つけ、個人的な目的を達成すると去っていった。愛のない人だったと思う。

当時私はやりたいことをやるために開業の計画を練っていたが、部長には「開業して何かよいことがある?フェラーリでも乗りたいのか?」と強くけん制された。フェラーリには興味がなくそういう問題ではなかったので、話は通じなかった。結局私が計画していた場所で先に開業していった。今となっては私は上尾のほうが気に入っているし、良かったと思う。生存競争だから仕方ないけれど、こんなにケチな先輩医師には出会ったことがなかったので、しばらくはネガティブな感情を抱いていた。今回向こうからかかわってこなければこのようなことは書かなかった。

私は合理主義の一種を学んだが、人を過度に期待させて裏切る罪も知った。私が初診患者さん向けのクドイ説明書を書いているのは、誇大広告、言葉の力による裏切りをしたくないからだ。

ひとつ大事なことは、医学生を育てるための教育費はかなりかかる。国立大学医学部の破格に安い授業料は、皆様の税金からなる公的資金が投入されていることの恩恵だ。そういう感謝の気持ちがあっても良いのではないか。

だいぶ脱線してしまったが、いろいろな体験から、お金持ち2世はとても羨ましいけれど、純粋に医療に身を捧げる人も多いという点で、尊敬できる良い側面があると感じていた。

 

お金持ち2世の医師でも全く方向性の異なる方もいた。

私とは別の医局出身の歳上女医さんに本当に驚いたことがある。大病院のご令嬢で、彼氏に高級外車を買ってあげるほどのお金持ち。いつもハローキティ人形を抱っこしていた。診断も治療もめちゃくちゃだったが、女医さん目当ての患者さんは少なくなかった。薬の副作用が出ようが、命に関わる状態だろうが、全く無関心で放置していたため、同僚たちがいつも尻ぬぐいしていた。後進国に旅行に行き、現地の人たちを集め「私があなたたちを救ってあげる」とのたもうた。まず、兎に角、その前に、真っ先に、日本であなたが担当している目の前の患者を救ってくれ!と私はこころの中で叫んだ。金持ちとは関係ないかもしれないし、関係あるかもしれない。一つ言えるのは彼女は人を妬んで積極的に意地悪をしようというような人間ではなかった。

 

金持ちって幸せなのか?

今日の生活をどうするか、追い込まれた経済状況では幸せどころではないかもしれない。

食べていける収入があるということは幸せに欠かせない。

 

同業者ではないたくさんのお金持ちも見てきた。

運送会社社長の知人で年収1億円の上、経費でランボルギーニなどのスーパーカーなどあらゆるものを買い放題という方がいた。そんなの税理士が認めるんですか?と尋ねたら、「いうこと聞かせるんだよ」と低い声で笑った。父親がとある道の親分だったということもあり、亡き父親への恐怖と愛着が混在した孤独な苦しみを抱えていた。

「金は塩水みたいなものだ。飲めば飲むほど喉が乾く」と語った。

私のことを誤解されたのか、「五分五分の兄弟の盃を交わそう、何かあれば力になる」とおっしゃったが、このご時世よろしくないのでお付き合いをやめさせてもらった。

金は人々の怨念を纏っていると聞いたことがある。金を集めるとたくさんの人の怨念も乗っかってくるということかもしれない。

 

どのような経緯で金持ちになったのか、その点は重要だ。

代々地主さんで、土地や不動産を貸して生活している人など、自分自身で築き上げた財産ではなく親世代から引き継いだ財産を持っている方には倹約家が多い。最初から持っているものを失うことに恐怖し、財産にしがみつく。代々の財産家の心の闇はとても深いと感じることが幾度となくあった。

 

貧乏が悔しくて、努力を重ねて財をなす方もたくさんいる。

その中には立派な経営者もいて、そういった美談はよく聞く。

いろいろな原動力が人を動かし、その過程と結果が良くて、人を幸せにするならば、貧乏も悪くない。

 

結局、その人の元々持っている資質と環境の組み合わせで、千差万別。

パターン分けすることはできない。

 

私は元々何も持っていない人間だ。

なかったことが基準となっている。

働いた分の給料は正当に得たいとは思うが、

頑張って稼いだお金は使いたい時に使ってきた。

また、恩返しのために奨学金基金に寄付もするし、社会福祉法人にも寄付をする。

寄付してますっていうのはカッコ悪い気がするけれど。

もちろん自分の生活が脅かされない程度にこつこつと。

社会福祉法人への寄付は罪滅ぼしのためでもある。

私は福祉の精神が足りないので、積極的に関わっていない。

私にできることは、元々持っていなかったものを、お返しするだけだ。

最後はゼロになって死ぬのが良いと思っている。

 

ちょっと極端な提案もある。

お金持ち2世に罪はないし、生まれながらにして不公平なのは仕方ないかもしれない。また、苦労ひとつしたことがないとか、傷ついたことがないという人は世の中にいないのではないだろうか。

ただ、親のお金で裕福な生活を享受してきた上に、遺産を相続して金持ちが連鎖していく。裕福な環境ではスポーツや習い事の選択肢も増えるし、チャンスがたくさん与えられる。

親世代でいくら稼ごうが、子ども世代でリセットしてもいいのではないかと思う。

「相続税100%。全ての生まれた者に3000万円与えて人生をスタートさせる」

とか、笑。大金持ちの資産を分配したら余裕でできるのではないのか?

それでは違う国になってしまうか。

 

で、金持ちって幸せなのか?

障害者年金以外の収入がほとんどないが、慎ましくも幸せに過ごしている患者さんもいる。

 

やはり、「幸せはその人の心が決める」なのかな。

 

本当の貧困を知っている人からすれば、くだらない話だ。

 

もう一つ付け加えると、今や日本は世界的に見れば収入が低い貧困国になろうとしている。

どんぐりの背比べ、足の引っ張り合いをしている場合なのか。

 

 

金持ちってどうよ。

 

*注:個人を特定できないように、情報の一部を加工するなどの調整をしています。