みんな大好き萩の月
遠路、電車の遅延にもめげずに起こしいただきありがとうございます

皆様にお知らせです。
診察にあたり音声を録音させていただき、AIを使用して文字起しをすることになりました。
もちろん医療用機器として開発されたソフトを使い、個人情報を守るという点でも問題が無いように設計されています。
録音した音声は文字起こしを終えた時点で削除されます。
私の診療スタイルでは、患者さんの言葉は可能な限り言葉遣いや言い回し、語尾など一字一句そのままの雰囲気がわかるようにタイピングしています。
ブラインドタッチが苦手な私にとって診察のやり取りのタイピングは非常に大きな負担となっていました。
患者さんの言葉をありのままにタイピングしながら、同時に私の脳みそをフル回転させながら、何が起こっているのか思考を巡らせます。
「これは生まれつきの発達特性による問題だ」「なにかトラウマがありそうだ」「母子関係に葛藤があるな」「自己愛の障害をかかえていそうだ」などと評価し、私のコメントも挿入していきます。
話の流れを振り返りながら次に聞くべきことへ思考を進ませていきます。問題点を把握した後に、診断基準を満たしているかどうか、診断のための構造化面接に進みます。ここはひたすら確認作業になります。
診断と個別性の両方を同定したら、治療方針を固めます。先の先まで考えるので、ここでも私の頭はエンジン全開となります。
だいぶ端折りましたが、思考を巡らせるだけでも背いっぱいなのに、タイピングでミスって戻ったりしている時間などないのです。
実は12年前にアミヴォイスという音声入力のシステムを導入しました。患者さんの音声を拾うのではなく診察中、あるいは診察後にわたしが所見をまとめて音声で入力するシステムです。
高価な投資でしたが、期待して導入。しかし、私の声を全く拾わず、でたらめな文章がずらずらとそこに表示されていたのです。文章をなおすほうが手間と時間がかかり、非常に残念な結果となりました。
あれから10年以上経過し、音声文字起こしの精度もあがったと思います。
実は自作でAIシステムを作るつもりで、いろいろ調べていました。
ただ、診察室内のPCでAI処理して文字起こしするとなるとかなりハイスペックなPCが必要だということがわかりました。
機材をそろえてやってみた結果だめだっだとなるとダメージが大きく、今回は一旦若き才能の力を拝借しようと思ったのです。
患者様におかれましては、目の前に録音の機材が音声を拾うたびに青くピカピカ光るのが気になってしまうかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。
まずは初診を中心に試験的な導入を行いますので何卒よろしくおねがいします。
何年か前に大学の同窓会報の記事がとても気になったことがあります。
同門の医学生がAI関連の会社を立ち上げたという内容でした。
私が求めていたシステムを開発しているようでしたので、熱い視線を送っていました。
今回代表取締役であるその後輩の先生と面会することができました。
すでに大学は卒業され、医師国家試験にも合格されていましたが、会社に専念されている由伺いました。
若き才能に接し、上昇気流に乗って新しいことをやってみようという気持ちになりました。
連休明けのため、昨日・今日と予約枠がはち切れんばかりの患者さんがいらっしゃいました。
タイムマネジメントは、まさに綱渡りです。
トイレに行く時間も惜しみながら、次々と診察を進めます。
そんな中、ご本人の希望で「卒業」された方から、再度かかりたいというご連絡がありました。
本来であれば、再初診として新規の初診待ちの順番に並んでいただくのが筋です。
しかし今回は、
・焦燥感が非常に強く、かなり危険な状態であったこと
・年始の混雑で、他院の受診も難しそうだったこと
・何とか時間を捻出できそうだったこと
これらを考慮し、緊急受診として受け入れました。
とても感謝されましたが、
正直なところ、ご自身の判断で治療をやめた方の再対応は難しいことが多いです。
基本的に、
「急にまたかかりたい」と言われても、原則として受け入れられません。
(私と相談して卒業された方は、最大限の配慮をします。無断でおやめになった方は難しいことがあります)
この点は、どうかご理解ください。
人間は、欲の深い動物です。
「もっと、もっと」
要求は、少しずつ大きくなっていきます。
あれほど辛かったはずなのに、
喉元を過ぎれば忘れてしまう。
薬を使い、定期的に見守りながら、
なんとか良い状態を維持できていても、
「薬なんか飲みたくない」
「薬なしで、症状のない完全な健康体でいたい」
そうした希望が出てくるのは、自然なことでもあります。
たとえば高血圧。
薬を飲んで血圧が下がると、
「いつまで薬を飲むんですか?」
「薬を飲み続けると、病気にされる」
などと言って、薬をやめたがる方が出てきます。
もちろん、一時的な高血圧で原因が取り除かれれば、
薬が不要になることもあります。
心因性の高血圧であれば、精神状態が安定すれば降圧剤がいらなくなる場合もあります。
しかし多くの方は、
これまでの積み重ねで血管が硬くなっており、
「治す」ことができない状態になっていることも少なくありません。
それでも、血圧が高いまま放置すれば、
脳出血、心不全、腎機能障害など、重大な病気を引き起こします。
だからこそ、とにかく血圧を下げておく必要があるのです。
薬を続けるかどうかは、
「何を一番大切にするか」という価値観の問題です。
重大な心血管疾患をできるだけ避けたいなら、薬を飲み続ければいい。
一方で、脳梗塞になろうが脳出血になろうが、
「薬を飲まない自分でいること」が何より大事なら、飲まなければいい。
ただし現実には、
どんなに「いつ死んでもいい」と言っている人でも、
救急の場面では大騒ぎする姿を、私は何度も見てきました。
病気になっても構わない、死んでも構わないというのであれば、
そもそも病院を受診しなければいい。
受診しておきながら
「薬は飲まずに治したい」
というのは、わがままに見えることもあります。
もちろん、本当に薬が不要な状況もあります。
それを判断するのが、プロである医師の役割です。
精神科でも同じです。
服薬を続けた方がよい場合もあれば、
寛解をある程度維持した後、段階的に減薬し、卒業できる場合もあります。
「治ったのに、意味もなく薬を飲ませ続けて儲けている」
と邪推されることもありますが、
(もちろん世の中には悪い医者もいるでしょう。まあそれをいうなら、世の中のビジネスの多くが客の利益よりも儲けを重視しているのでそれを悪というのかどうか…)
私は、
服薬を維持すべき患者さんは、ある程度わかっています。
そのため、処方を続ける方も少なくありません。
一方で、
「やめても大丈夫かどうか、やってみないと分からない」
というケースもあります。
その場合は、患者さんと相談して決めます。
決めきれないときは、一旦保留し、経過を見てから再検討します。
先日、90歳の女性に
「一生、薬を飲まないといけませんか?」
と聞かれました。
不安が強く、些細なことで毎回大騒ぎになる方です。
少し安定すると、すぐに同じ質問をされます。
無責任に聞こえるかもしれませんが、
私はこう答えました。
「どちらでもいいですよ。」
そして、こう続けました。
「ちなみに、何歳まで生きると想定しておられますか?」
はっとされた様子でした。
「仮にあと10年の寿命だとします。
薬を飲まない自分でいることを一番大切にするのか、
薬を飲みながらでも、なるべく平穏に過ごすことを選ぶのか。
それは、あなたが自由に選べます。」
杖をついて歩く自分が格好悪いと思い、歩くことをやめるのか。
杖をついてでも、自分が見たい景色を見に行くのか。
考えて、選ぶのは本人です。
専門家としての私は、
判断に必要な情報をお伝えするだけです。
だから私は、
「薬を飲め、飲め」とは言いません。
結構ドライです。
患者さんが、本当に理解したうえで
「飲まない」「治療を卒業したい」と選ぶなら、受け入れます。
ただし、
その後に具合が悪くなって
「すぐ診てくれ」と大騒ぎされても、
受け入れられない場合があることは、あらかじめお伝えしています。
とはいえ、人は実際に経験してみないと分からないものです。
どれだけ先を見通して説明しても、
「そんな先のこと、分からないでしょ」
と言われることもあります。
ですから私は、
2回くらいまでは“泳がせて”、実感してもらうこともあります。
昔、先輩がこう言っていました。
「この患者さんは、出産後にまた変調するよ。
だから、その時になったら、またおいでって伝えておくんだ。」
当時は、占い師みたいだなと思いました。
でも今は、ようやく分かってきました。
特性や課題を理解すれば、
どんな場面でつまずきやすいか、
将来どんなことが起こりやすいかは、ある程度見通せます。
先を見据えて、治療を考える。
それが、私の仕事です。
……いや、別に怒っているわけではありませんよ(笑)。
他科の先生でも誤解されていることがあるので、
一度、書いておこうと思っただけです。
治療で落ち着いている人の多くは、
薬を飲んでいるから安定しているのであって、
やめれば元に戻る人も少なくありません。
もちろん、その間に成長し、変わることができれば、
薬が不要になります。
ただし、人の成長は短期間では得られません。
時間をかけて、一緒に成長する。
それが、私の役割だと思っています。
社会保険料ってどうよ?
今日はまたもや私の印象を悪くする政治的な内容です、笑
日本維新の会―「身を切る改革」の矛盾
社会保険料削減を掲げながら、維新の議員らは制度の抜け穴を利用か
日本維新の会は、国民の負担軽減を掲げ、社会保険料や税負担の見直しを政策の柱として強く訴えてきた政党です。
にもかかわらず、複数の所属議員らが高額な国民健康保険料の支払いを回避するため、制度の“抜け穴”とも言える脱法スキームを利用している疑惑が国内で大きな波紋を呼んでいます。
1. 国民健康保険料と社会保険料―本来の趣旨
日本の社会保障制度では、原則として次のように扱われます:
この違いは、応能負担の原則(稼ぐ人ほど負担が重いべきという考え方)に基づいて制度設計されています。
2. 疑惑のスキームとは何か
報道によれば、疑惑のスキームは以下のような仕組みです:
この手法を紹介する指南書では、国保料から社会保険料に切り替えることで、年間50万円〜80万円以上の負担を減らせた例を挙げています。
登記簿に載る一般社団法人には600人を超える理事がおり、中には維新所属議員の名前も複数確認されています。こうした点が疑惑を強めています。
医療や介護のタダ乗りに近いことをしようとしていると言っても過言ではありません!
国会議員が電車やバスにこども料金で乗車するようなものです。
3. 「社会保険料を下げる改革」との矛盾
維新の会自体は党として、社会保険料の負担軽減を政策として打ち出しています。例えば、医療費負担軽減や保険料の応能負担の見直しなどを主張していますが、議員自身が現行制度の抜け穴を利用して負担軽減を図る行為は、次のような矛盾を生みます:
制度の改善を主張するのであれば、自ら率先して制度の枠内で負担を引き下げる提案を行うべきであり、抜け道利用は政治倫理に反します。
4. 公共の信頼を損なう政治の劣化
社会保障制度は、多くの国民が負担と給付という形で支え合う仕組みです。その制度の公平性は、政治家自身が率先して守るべき最も基本的な倫理です。
維新が掲げる改革の理念が真に国民のためであるならば、制度の悪用や脱法スキームへの関与は厳しく批判されるべきです。
これでは、「身を切る改革」という言葉は空虚なスローガンに過ぎず、国民に対する裏切りと受け取られても仕方ありません。
5.維新にいってやりたい事、笑
偉そうに社会保険料改革だと?ちゃんと社会保険料払ってから言えよ!
連立だからって、離脱をほのめかして無理やり維新の言うこと聞かせるのは脅迫罪ちゃうんか!笑
仕事始め。
ありがとうございます。早速スタッフといただきました。
美味しい上に、とても縁起が良さそうです。
嬉しいお言葉、額縁に飾らせていただきます、笑。
あ、これね、この赤いペンは「良い内容だから囲っている」のではなくて、何か記載してくださっている方は私が見逃さないように受付で赤丸してもらっているんです。念の為、一応。
こちらの方は年賀状をお持ちいただきました。
だいぶ無理をされていたので、これからが人生の転機となるかと思いますが、
体勢を整える時間を作っていきましょう。
ありがとうございます。とりあえず復職おめでとうございます。息切れしないペースが掴めるといいですね。
先日ブログで書いた記事が呼び水のなったのかわかりませんが、今日は「死にたい」とおっしゃる方の臨時受診で1時間程度お話ししました。どうして死にたいのか?その背景にある本当の願望を探ります。そこに気がついてくれると良いです。
あるがままの自分を認められない
人と比較して劣っていることばかりが気になる
そんな方は「自己愛」の課題があるかもしれません。
当院ではカウンセリングはできませんので、ヒントや参考図書だけお伝えするにとどまりますが、
自惚れすぎず、卑屈にならずに過ごせますよう応援いたします。
ヒントに気がついてくれたら、今度は別の言い方をして欲しいな^^
患者さんから感謝の言葉をいただくこともあります。
一方で、私と合わない方がいらしたり、治療がうまくいかなかった方がいらしたのも事実です。
残念ではありますが、それは避けられないことでもあります。
しかし、今でも、ずっと脳裏に焼き付いて離れない出来事があります。
このような場で語るのは難しく、精神科医同士であっても、研究会など改まった場でなければ口にされないことがあります。
それは、
私が主治医を務めていた期間中に、自ら命を絶たれた方がいらっしゃった
という事実です。
精神科医の中では少数かもしれませんが、私にはお一人います。
私が担当を外れてからの経過については、すべてを把握しているわけではありません。
当時、そのような兆候はまったく感じられず、私は大きな衝撃を受けました。
後になってから、
「ああすればよかった」
「こうしなければよかった」
と、悔やむことばかりが浮かび、
10年以上経った今でも、一日として忘れたことはありません。
そして、何より私に堪えたのは、
その方の遺書に
「先生にはお世話になりました」
と書かれていたと聞いたことでした。
これは、本当に苦しいことです。
振り返れば、私の師匠が
「自死の研究をするぞ」
とおっしゃり、私には拒否権もなく、その研究に関わることになりました。
そのような背景もあり、
自分は多少なりとも知識があるつもりでいました。
それは、大きな間違いでした。
それ以降、私は心の中で繰り返し誓っています。
「もう、絶対に死なせない」
その思いで、今日まで診療を続けてきました。
「死にたい」とおっしゃる患者さんは、これまで数多く診てきました。
どれほど経験を積んでも、その言葉を聞くたびに緊張感が走ります。
そして、その方にとって何が最も適切な返答なのか、慎重に考えます。
「死にたい」という言葉を、字義通りに受け取ってしまえば、
それを支えることは、治療ではありません。
本当は、
「死にたいほどつらい。助けてほしい」
と、言ってほしいのだと思います。
正直に言えば、口癖のように「死にたい」と繰り返されると、
対応がしんどいと感じてしまうこともあります。
しかし、何も言わないまま、この世を去ってしまう方がいる以上、
「簡単に言うな」と切り捨てることもできません。
以前、
「対話型AIに希死念慮を訴えていたところ、
あまりにも寄り添いすぎた応答が続き、
結果的に自死に至ってしまった」
という出来事があったと聞きました。
この話が示しているのは、
ただ寄り添い、考えを肯定するだけが正解ではない
という現実です。
一人の医師ができることは限られていますが、
精神科医の仕事は、
共感しながらも、
踏みとどまるための視点を差し出し、
生きる側に引き戻すことだと、私は考えています。
とは言え、私も間違うこともあるし、たとえ正しい対応であったとしても相手の受け取り方で大きなすれ違いが生じてしまうかもしれません。
これからも何ができるのか考え続けるしかありません。
令和8年、西暦2026年を迎えました。
年末年始の休みに入るにあたり、To Do Listを30項目リストアップしました。
現時点で完了したのは10項目。
この30項目を終えたら、ゆっくり本を読みたいと思っていましたが、
どうやら果たせぬまま仕事始めを迎えそうです。
「クリニックは年末年始も休まず診療しろ」という世論誘導を、
財務省が行っているように感じることがありますが、
定期的に休みを取り、裏方の仕事に向き合わなければ、
クリニックの運営そのものは続けられません。
ここ最近の1年間は、私の中で一つの節目でした。
常に、いろいろなことを考えていた気がします。
脳みそがオーバーヒートするのではないかと思うほどに。
人生とは何なのか。
何のために生きるのか。
何のために働くのか。
小学生のころから問い続け、
その時々で自分なりの答えを作り出してきました。
きっと、正解はありません。
答えは一つではなく、人それぞれにあり、
そして年齢とともに変わっていくものなのだと思います。
年末年始は、一年を総括し、
こうした問いを改めて考える時間になりがちです。
このところ、患者さんから温かい感謝の言葉をいただくことが増え、
今の自分なりの答えの輪郭が、少しずつ見えてきました。
また、一つはっきり言えることがあります。
結果にかかわらず、「本気でやっているとき」にしか得られない高揚感が、確かに存在する
ということです。
怪我をしたり、病気になったり、
大きな喪失に直面することもあります。
それでも、上手に休み、リハビリをしながら、
また本気で向き合うことを目指していく。
そして、最後には死を迎える。
不安は消えません。
けれど、本気でやっているうちに、
その不安は先へ進むための原動力に変わっていく。
今は、そんなふうに感じています。
「50代は必死になるな」と言われることもあります。
無理をすれば、「必ず死ぬ」からだそうです。
それでも私は、
健康に留意しながら、
本気で楽しみ、
本気で苦しんでいこうと思います。
それは人とのつながりかもしれないし、達成感かもしれないけれど、
これからも私は感動したいし、
私とかかわる人に感動してもらいたい、
そんな思いがあるのです。
お世話になりました
大晦日の夜、クリニックのビルで営業しているのは美容クリニックのみ。
年末年始の休みを「ダウンタイム」として利用する方の需要を見込んでいるのだそうです。
帰り道は人影もまばらで、街はすっかり静まり返っていました。
時間貧乏の私は、毎日「時間が足りない」と焦っている気がします。
若い頃、無駄な時間をたくさん過ごしてしまったな……と、ふと悔やむこともあります。
今となっては、まとまった時間をつくることはなかなか難しく、
いろいろなことを諦める場面も増えてきました。
そんな中、年の瀬にたくさんの方から感謝のお言葉をいただき、
温かい気持ちに触れることができました。
そのおかげで、少し元気が戻ってきました。
諦めかけていたことを、もう一度頑張ってみよう。
そんな気持ちが、自然と湧いてきました。
もっといろいろなことができるよう、業務の見直しを始めています。
一例ですが、AIを活用して診察中の会話を文字起こしし、
それを要約するなど、
私がいちばん負担に感じている部分を軽くしたいと考えています。
まずは、自分でシステムを作れないか、試してみるつもりです。
こうして生み出した時間を使って、
自分自身もパワーアップし、
何らかの形で皆さまに還元していけたら、
そんなふうに感じています。
今年も、皆さまには大変お世話になりました。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
どうか、良いお年をお迎えくださいませ。