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10月 18, 2022

癒される。

医療においては通常、重症な方の治療が大変で軽症な方は簡単に治療できるというイメージがあります。

精神科では必ずしもそうではありません。軽症とカテゴライズされる方でも治療が非常に大変ということはしばしばあります。

これはベテランの精神科医でなくても、そのように感じている若手の医師も少なくないかもしれません。

症状が重いとされる統合失調症の治療を主体としている医師は、症状が軽いとされる神経症の方の治療がとても疲れるという医師もいます。

当院では軽症の方の治療に重点を置いています。

私の場合は単科の精神科病院の時の3倍は心(感情)と頭(思考)を消耗している感覚があります。

例えば当院の傾向として、大企業の役員、地位のある先輩医師、大学教授、法曹界などさまざまな分野でご活躍の方もおられ、やりがいもありますがとても神経を遣う場面もあります。自分よりIQが高い方を俯瞰的に診るということはとても難しいです。

また、精神科病院よりハードルが低いためか、幅広い多数の方からのアクセスがあります。

その中には当たり屋のような人が黒く不快なものを投げつけてくる事もあります。

一部の患者さんに限らず、精神科に強い偏見を持つ他科の医師であったり、苦し紛れにクレーマーを丸投げしてくる近くの総合病院の総合案内であったり、足を引っ張ろうとする同業者、HPを見て通りすがりに罵っていく人、あるいは医療機関から金を騙し取ろうとしてくる悪徳業者(口コミ消す消す詐欺など)かもしれません。

そういった悪意に対応しながら運営をおこなっているという側面もあります。

 

そのような中で疲れる時は、心を洗われるような方との出会いや関わりによって本当に救われます。

本日はあるアーティストの方から新作のアルバムをお贈りいただきました。

早速拝聴しましたが、心を打たれました。夜のライブハウスでお酒を飲みながら聞いたら最高だろうな。

やはり人を感動させるクリエイティブな方には憧れます。そして音楽には力があります。

 

また、日野市の消化器内科の先生からちょっとした用件でご連絡を頂いたのですが、神のように丁寧で優しい先生で、何か最近忘れていた感覚を思い出させていただきました。もうこの職業も長くなりましたから、人の攻撃性を敏感に察知します。相手が嘘をついているとか、操作しようとしているとか、悪意があるとか、すぐにピンと来てしまうのです。精神科医ってそういう点では擦れてしまっているので、純粋さを失いがちなのではないかと思います。今日の先生は純粋に素敵な先生なんだな、とハッとさせられました。

癒しのある1日でした。

 

(知人が診てほしいと連絡をくださいましたが、心理的に距離の近い人はやりにくいので断らせて貰いました。このことについては心苦しかったです。申し訳ありません)

 

10月 14, 2022

秋の収穫。

秋の収穫ということで患者さん方が収穫したお米やカボチャなど持ち寄ってくださいました。

色々な意味で、とても感慨深く、涙が出るほど嬉しいです。

大きな病院に勤務していた頃は、患者さんからの差し入れなど一切受け取ってはならないというルールがありました。

先輩のクリニックでは、仲間(患者さんを仲間と表現したりする)からいただいたお中元やらお歳暮など(食べ物が多いですね)を皆で有り難く分けていました。

精神科では特に禁欲原則(医師患者関係における医師と患者さんとの恋愛は絶対禁止)、白衣の存在(白衣の精神科医は患者さんを映し出す鏡なので医師のプライベートを自己開示しない)など他の科と比べてかなり厳しく教育されていました。

先輩のクリニックは内科や小児科、皮膚科、精神科をトータルで診療し、障害者支援にも力を入れた地元に愛されたクリニックであったので、納得の状況かと思いますが、物品の授受についてどのように考えたら良いか先輩に伺った事があります。

患者さんが治療で良くなるなど、本当に感謝していただくものであれば有り難く頂戴し、患者さんの気持ちを受け取る。これは患者さんの自己肯定感を高める側面もある。

しかし、治療前などの段階で「これでよろしく診てください」という物なら受け取らない、

そう教わりました。

それ以降、私も過剰なものでなければ、感謝の気持ちは有り難く受け取るようになりました。(恋愛感情の色彩の強い陽性転移を動機とした贈り物はいただきません)

感謝の気持ちを伝えられることはいつでもとても嬉しいものです。

ただ、収穫したお米は一層嬉しいものでした。

患者さんには「今生きているのは先生のおかげだよ」と言われて、ありがたいお言葉への感激と同時に、

ここに至るまでの患者さんの苦しみに思いを馳せ、涙ぐんでしまいました。

こちらこそ人が迷いから脱し、成長していく姿を見せていただき感謝の気持ちでいっぱいです。

 

食べ物を得るために、土を耕し、種や稲を植え、自然災害を乗り越え、苦労して、収穫する。

目的に前に投げて、そこに向かって身を投じていく。

これ、まさに人生そのものなのではないでしょうか。

 

本当にいろいろな方がいらっしゃるけれど、私も頑張ってきた甲斐があるなと、癒されました。

本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

10月 12, 2022

今日の研究会。

昨夜は慶應児童精神医学研究会にオンラインで参加させていただいた。オンラインであること、20時からの開始であったことで、我々のような診療所の医師でも仕事を急いで切り上げればなんとか参加できることがありがたい。

コロナ禍におけるこどものトラウマや

小児期のトラウマ体験とゲーム障害などがテーマだった。

錚々たるメンバーで学生時代にお世話になった小児科の渡辺久子先生も参加されていて本当に驚いた。ご主人の渡辺良先生にも神経内科を教わりとても懐かしかった。研究会の内容もハイレベルでおったまげた、、、

提示された症例も非常に大変だったはずだが、皆様ひょうひょうと当たり前田のクラッカー的な感じでお話になっていた。(わっかるかなー?わっかんねーだろーなー、古っ)

日本のトップレベルで児童の診療されている先生方は雲の上だと感じた研究会だった。

それでも私のくだらない質問にもお答えいただき、自分がどのレベルの理解なのかはよくわかった。一般の精神科医より学ばせてもらう環境にあったとは思うが、彼らからすればど素人だと感じた。

私のように若い頃オールマイティを目指して神経内科や循環器、麻酔科や小児科など同期とは別行動で一人で寄り道していた人間と、ずっと専門性を追求しつづけた人間の差を感じた次第である。

これだけの専門家が日本にいることに少し安心した。ただ、絶対的に人数が少ないのでどんどん若い医師がその英知をひきついで広めていく必要があると感じた。

お国も診療報酬削ることばかり考えていないで、もうちょっと児童を診れる環境を作ってほしいと思った。

 

10月 11, 2022

ラベルレス。

ペットボトルのラベル。

ゴミになるし、剥がすの面倒だし、

いらないなってずっと思っていた。

ラベルレス、いいね。

10月 10, 2022

親友を偲ぶ。

親友を喪って一年以上経った。

志が高く猛烈に働いていた。

国の緩和ケア施策を牽引していた男だ。

まさに命を削って世のためにつくしていた。

いつも徹夜で働いていたが、執務室で倒れているところを、秘書さんに朝発見された。致死性不整脈による突然のお別れだった。

残されたお子さんたちには、パパの代わりにはなれないけれど、いつもずっと気にかけているおじさんがいることが、少しでも支えになればよいと思っている。

今月のサイコオンコロジー学会、総合病院精神医学会で親友の追悼シンポジウムを開催してくださるようだ。

時間的に厳しいのだが、オンラインでもなんとか参加したい。

いきなり休診にはできないし、どうしたものか。

 

10月 9, 2022

逃避。

気になる医学書とノーベル賞受賞作品など何冊か購入した。

昨夜は一晩で医学書一冊読み切った。

同じ医局の若き才能の溢れた医師が執筆した本だ。著者も私も精神科を専門としながら内科外来を行うなど身体科に軸を置いていた時期がありとても共感できる内容だ。

身体科の経験のない精神科医の中は身体因を無視したり、副作用にも無頓着な人もいる(勿論そうでない先生も沢山いる)。ハードルは高いが、心身をトータルで見渡せる医師は理想的だと思う。身体科でこころの問題だと決めつけられて、あるいは自分のことをうつ病だと思い込んでいて精神科を受診した人に、身体の病気が主な原因であったと判明することも少なくない。(以前、自分はうつ病だと言って受診した男性がいたが、詳しく診察するとどうしてもうつ病とは考えられない所見だった。結局うつ病かうつ病でないかの押し問答になって、私は体の症状など別の視点で調べたほうがよいと伝えて帰した。結局体の難病だった。適当に診察して本人のいうままに安定剤や抗うつ薬を処方していたら、診断も遅れてごちゃごちゃになっていたと思う。しかし、今度はご本人はどういった難病かまで詳しく診断してくれなかったと逆恨みし、、、(こういうタイプの人は必ずGoogle口コミで唾を吐いていくのです)。大学病院ではないし、そこまで検査などできず、身体的精査のご要望にはお答えできない。ご本人がうつ病にこだわっていたのでそれ以上話が進まなかったということもあり、、、難病になってしまったという怒りを八つ当たりしたい気持ちはわかるが、メンタルクニックでできる範囲のことは最大限尽くしたのでご容赦いただきたいというしかない。このようなパーソナリティの方だから、あちこちで取り合ってもらえずメンタルだと言われてしまったりする。本当にむずかしい。)(逆に、「あの時体の病気を疑ってくれたので早期の治療ができて助かった」と感謝してくださる方もいらっしゃる、涙。)

メンタルクリニックという構造などいろいろな理由で私は身体を全く診れないという設定にしているが、身体科の眼差しを忘れないようにしている。

もう一冊はトラウマ治療の師匠からの案内があった本。すこし難しいが、パラパラ見てるとかなり興味深いことが書いてある。

さて、今日は日曜日だった。

やるべきことが山積みだが、昨日から本を読んだり、晴れ間を狙って公園散歩。

現実逃避だ。

 

10月 8, 2022

当院の受診を勧めない理由。

今日は土曜日。

平日より少し早く帰宅。

帰り道、夜の公園を散歩。

今日は適度に湿度があり、気温も涼しく気持ち良い。

初診も複数件診察し、一日全力で達成感がある。

精神科では、適当な気持ちで受診したひとには軽めの診察を、真剣な気持ちで受診したひとにはしっかりと診療する必要があるという考え方もある。

当たり前のようで実はむずかしい。じっくり話を聞かないとどちらかわからないからだ。

精神療法でこころの深いところに立ち入るというのは、こころの手術をするようなイメージである。

なんとなく興味本位でふらっと立ち寄った、手術を受けるつもりのない患者さんにいきなり手術をするのも不適切だし、

真剣に治療しようと腹を決めてきた患者さんに、5分で適当な薬だけ処方するのも残念だ。逆に手術をうける気満々で来た患者さんであっても設備やマンパワーも整っていないところで心臓の手術を始めてはいけない。

適当に受診した患者さんを軽く診察するのはよいと思うが、軽く診察しただけで、患者さんを沼に引き摺り込むような安定剤を安易に処方するということもやってはいけないと私は思う。

初診を5分ですまして大量の患者を捌く金儲け主義の医療機関は初診待ちが不要で便利だし、カジュアルに受診した患者さんにはマッチしていると思うが、デパスとかハルシオンとか強烈に依存性のある薬をいきなり処方して定期服薬させるのは悪意があるとしか思えない。(善意でデパスをたくさん処方する内科や整形外科の先生には、予後を悪くしている事実を現場からお知らせしたい)

真剣に受診した患者さんに精神療法という調理を施した処方薬をお渡しすることこそ意味があるのだと思う。処方された薬を飲むということは処方した医師を信頼して服薬するのであり、心理学的には母親がこどもに愛情のこもった食事(母乳)をたべさせる(飲ませる)行為に似たところがある。こどもは親からの何か良いものを取り込むのである。

私にとって処方する薬は患者さんへの誠意であり、その愛情は過多(大量処方)であってもいけないし(過保護や過干渉は虐待の一種である)、毒(いびつな愛情、不適切な処方)であってもならないと思う。

実際のところ、時間には限りがあり、初診というはじめての出会いで深入すべきかどうか、どちらにするか早い段階で決めざるを得ないという現実がある。

初診のように十分なセッションを2回やれるような医療資源の余裕は一切ない。当院のように初診でしっかり時間をかけるところは医療経済的にも効率もわるいし、医師も疲弊する。

当院のスタンスは初診で患者さんの物語を理解し、その背景にあるものを評価し、精神療法のアイテムとして意味のある処方を患者さんにしっかりを渡すことである。

疲弊するが、うまくいけばとても達成感がある。また、丁寧に診察している積み重ねで実力もついていくような気がする(気がするだけだと困るけど)。

数だけこなしても中身のない診療をしていればいつまでも空っぽのままだ。

大量に患者さんをさばいて金儲けし、財布の中は一杯になっても、医師としては空っぽのままだったな、と思いながら人生をおしまいにしたくないと思っている。

しかし、体力にも限りがあるし、バランスをとるのはとても難しい。無駄に疲弊することは避けなければならない。

当院ではミスマッチが起こらないように、あらかじめ電話でどういった治療を希望しているのか伺っている。

電話で詳しく話したくないという患者さんは、本当に当院を受診しないことをお勧めする。

これはお互いのためだ、本当に。

そしてミスマッチは違った側面からも防ぎたい。

一点目は、自分が手術できるレベルの事案かどうか見誤らないこと。手術してからできませんでしたって、誰も望まない。自分のスキル、設備、マンパワーなど総合して引き受けて良いか判断しないといけない。

二点目は、患者さんの中には精神科医を愚痴や不満のはけ口でサンドバックにしてよいとかんがえている人もいる。

話を聞いてほしい、という患者さんの中には、文字通り自分の話を一方的に聞いてほしいだけで、治療を望んでいるわけでもない方が実際にいる。(こういう人は、アドバイスも聞き入れるつもりがないし、服薬も拒否することが多い。相手から良いものを取り込むことができない)

保険診療という医療資源を無駄遣いして、目の前にいる医師の時間をいくらでも奪ってよいと考えているひともいる。

そういう人に全力で治療に当たってしまうと、ミスマッチが生じ、真剣にやっても患者さんにも不満しか残らないし、医師の消耗もはげしく、本当に必要な人にエネルギーをそそげなくなるのである。

全例に適当な診察をおこなっている医療機関であれば、そういった医師の消耗は少なくてすむという側面もある。

誰もハッピーにならないことは出来るだけしたくない。

また、私自身の命を削ってすり減らしていくだけの診療も本当の意味で患者さんをハッピーにしないと思う。まじめに診療している仲間の中には、「命を削って仕事をしているこの感覚に疲れた」という精神科医も少なくない。社会的にご自身が満たされない不満や怒りを医療従事者に当たり散らす方も増えてきており、弱者を装った人に医療従事者が傷つけられることも少なくないのである。

当院ではスタッフを守ることも重視しており、現在はそういった患者さんは皆無である。それを実現するためにはそれなりの摩擦がある。私のやり方は正しさという点からはベストだとは思っていないが、患者さんのためならスタッフを傷つけても仕方がないとは全然思わない。

これらの問題にどう向き合っていくのかまだ答えは出ていない。