慶応病院で研修医としてすごしていたが、精神薬理を専門とする有名な先生が私の最初の指導医として熱心にご指導してくださった。
オールマイティな先生で、薬理が専門と言いながら、精神分析をはじめとした精神療法、家族療法などかなり熱心に勉強され、とてもバランスのとれた臨床をされていた。
しかも、当時はあまり一般的ではなかった漢方薬も勉強されていた。研修医には漢方の難しい概念は飛ばして、こういう時にはこれを試してみなとシンプルに実践的な知識を教えてくださった。
その後、今から20年近く前のこと。
同じ病院の先輩が漢方にはまっていて、「今度勉強会があるから参加してみませんか?」と誘ってくださった。
所謂気血水という基本中の基本の講座だった。
精神科の治療になんとなく限界を感じていたので新しい世界に関心を持った。
大野修嗣先生の講座を受講しまくった。
もっと知りたいと思って、大野先生を追いかけて小川町の診療所までいって実際の診療場面も拝見した。
それからはどんどんはまり込み、とにかくありとあらゆる漢方を処方しチャレンジしてみた。
もっと本格的に勉強したいと思い、東邦大学の三浦於菟(オト)教授、田中耕一郎准教授のところで私が身動きの取れる日曜日にハイレベルな講義が受けられるということを知り、毎回高速道路を飛ばして勉強しにいった。
毎回有名な先生がゲストとして講義をしてくださり、生薬の味見もできたり、
東洋医学の考え方、生薬一つ一つの詳しいお話を楽しく勉強し、どっぷりと漢方に浸かった。
しかし、漢方の専門医になるためには、常勤医として漢方専門医研修認定施設に一定期間勤務しないと専門医資格が得られない。
そんな時間のなかった私は専門医を取得することにはこだわらずに精神科での臨床を優先することにした。
それまでの漢方のイメージって、「長ーくのまないと効いてこない」というのが世間でのイメージでしたが、
意外と頓服に使えるような切れ味の鋭い漢方なんかもあったりして、服薬のタイミングとかもいろいろ考えて投与すると結構いいことがあります。
例えば、八味地黄丸。
大体高齢になってくると、心臓のポンプ機能や筋肉のポンプ機能が弱って血のめぐりが悪ったり、腎臓が少し弱って体に水分がたまってしまうことがあります。
夜睡眠のため横になると、下半身にたまっていた水が心臓に戻ってきて、めぐりだすと腎臓で尿が生成されます。
すると夜間尿で何回も起きてしまう方がいます。
そういう時に、八味地黄丸を少し眠前のみ服用してあげると夜間の尿の回数が減ることがあります。
そのような処方をしていたところ、ある患者が内科で私の処方を見せたようです。
するとその内科医は「漢方は1日3回長期間のまないと効かないもの。こんなでたらめな処方をしているのはやぶ医者だ」と患者さんにいったそうです。
無知な上にライバル心むき出しでびっくりしました。
当時は漢方に詳しくない先生はあまり見たことがない処方だったかもしれませんが、今ではよく見る当たり前の処方となっています。
あの内科医は覚えているのでしょうか。