初診でくる患者さんは精神科の診察に対していろいろなイメージを抱いて来院されます。
ゆったりとした椅子やカウチに座り、ゆっくりと時間をかけて話を聴いてもらえるとイメージされる方もいらっしゃいます。
しかし現実の精神科診療ではそのような診察をおこなっておりません。
(自費での精神分析療法など特殊な心理療法を除く)
当院では、初診こそ1-2時間かけて詳細にお話を伺いますが、ゆったり伺うというよりも、かなり駆け足で私が診断のために聴き取る必要がある内容を次々と聴いていく形となります。
患者さんがフリーで語り続けるということでは全くありませんし、それでは結論に辿り着けません。
再診では(ピンポイントでの対応は別として)毎回長時間かけて診察するということはありません。
では、診察に時間をかけるほど良いのか?という疑問が湧くかもしれません。
基本的にはその必要もないし、医療経済的にもそれは難しいということになりますが、
「話をひたすら傾聴する」ことが病状を悪化させることがある病気があります。
それは、複雑性PTSDや発達性トラウマ障害といいます。
これは、虐待などの逆境的な生育環境で長期にわたり繰り返し心に傷を負わされ、警戒心が強くなったり、対人関係が不安定で不信感を抱きやすい、あるいは自分を大切にしてくれない人と付き合ってしまう、自暴自棄な生き方をしたり、将来に希望が持てず空虚で虚しく落ち込みやすい、などの症状が認められます。
過去のつらい体験を繰り返し思い出したり、その映像がリアルに甦ったりすることもあります。
対人操作性が強い場合はパーソナリティ障害と診断される場合もあるでしょう。
また過剰な陰性記憶の背景には自閉スペクトラム症の素質が隠れているかもしれません。
複雑性PTSDの方はつらい体験を感じないように感情や記憶を冷凍保存して封印していることがあります。
患者さんの中にはやたらと話したがる方もおられますが、この封印されたつらい記憶を解凍し、次々と語ってしまうと、こんどこそその心が再起不能になるまで傷ついてしまうことがあります。
ですから、トラウマの問題がある患者さんに自由に好きなだけ語らせる、あるいはやみくもに聞き出してしまうことは、とても危険なのです。
カウンセリングを受けたがために、病状が悪化して精神病に発展してしまったというケースは実在します。
カウンセラーにはそれを封印することはとても難しいのです。
トラウマに詳しい精神科医であれば、薬をうまくつかって封印することができるかもしれない。
とは言え、トラウマ治療は慎重であるべきなのです。
話をたっぷり聴いてほしい、という患者さんの要望に答えることが悪い結果をもたらすこともあるので、
「あなたはカウンセリングはやめたほうがよい」ということもあります。
初診ではどこまで傷ついているのか、どこに傷があるのかを知るためにいろいろと伺いますが、傷に塩を塗らないように細心の注意を払っているのです。
診察内容、診察時間、いろいろな意味があってやっている、それがプロだと思います。