こんばんは。
上尾メンタルクリニック院長です。
急に気温が下がって肌寒く感じるほどですが、
体調に変化はありませんか?
なんとなく、開院時から胡蝶蘭をきらさず置いています。
今度は珍しい柄に挑戦してみました。
開院前は今ほど花には興味がありませんでした。
今は、来院される患者さんにすこしでも華やかな気分になっていただきたい。
と同時に
私自身の癒しにも必要と感じています。
死別や虐待、事件などさまざまなトラウマを抱えた患者さんのお話を伺っていますが、
患者さんの心に寄り添って共感していると、
程度は異なりますが、患者さんと同じような心のトラウマを一緒に受けることがあります。
患者さんと同じように私の心もダメージを受けてしまうのです。
つらい体験を語る患者さんを目の前にして思わずもらい泣きしてしまいそうになることもしばしばあります。
また、患者さんにうれしいことがあったら一緒に喜びます。
それゆえ共感する精神科医の仕事は感情労働の側面があります。
感情労働は非常にストレスのかかる仕事であります。
一方で患者さんの気持ちに関心がなく共感しないか、あるいは表面上共感しているふりをする精神科医もいます。
そうでないと身が持たないという立場もありますし、後者は専門的な技術であるとも言えます。
また、相手をコントロールしようとする傾向の強いパーソナリティ障害の方の治療においては
共感しすぎることは混乱の元になる可能性があります。
さらに、反社会性パーソナリティ障害の方には一切共感できないどころか怒りをおぼえることすらあります。
そういう点では、私はある種のパーソナリティ障害の方の治療には不向きであると言えます。
正直な話、そういった場合はお役に立てないと思います。
しかし、私自身が患者としての立場で診てもらいたいと思うのは共感するタイプの精神科医です。私自身はそうありたいと思っています。
共感的態度が治療促進的になるようなタイプの患者さんの役に立てることが自分の役割ではないかと感じております。
何でも屋さんにはなれないけれど、得意な範囲で尽力できればと思っています。
そして、共感タイプの私は特に自分自身の心身の健康に気を配り、長く安定して皆様のお役に立てるよう努力しなければならないのです。
今日はちょっと難しい話になってしまいました。
ではおやすみなさい。
追記:
共感は相手の言うことをすべて肯定するという意味ではありません。
相手の気持ちにおもいを馳せることだと理解しています。
極端なマイナス思考や物のとらえ方に対しては、別の考え方があることも示していかなければなりません。