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6月 5, 2021

紹介状。

今日は久々に丁寧な紹介状を受け取った。

目の前におられる初診の患者さんがこれまできちんとした診療を受けてきたことがしっかりと認められた。

気持ちよく治療を引き継ぎたいと思った。

今までたくさんの紹介状を見てきた。

紹介状の内容で、それを書いた医師の実力、患者や治療への姿勢が手にとるようにわかる。

その医師の性格や年代もわかる。

勉強になる紹介状をいただいた先生にはその旨の感謝状をお送りしている。

逆に、本当にひどい紹介状だと感じた時は、その患者さんもひどい扱いを受けてきたことが診察を通して確認できる。

もっとも悲しかった紹介状はTVに頻繁に出演する女性心療内科医からのものだった。

20年も通っている患者さんがこれまで積み重ねてきたものを、一行(実際は一言)で片付けられていた。採血データ一枚添付してあるのみ。

聞けば、栄養療法を売りにしているその女性医師は、数万円もするサプリを売りつけ、経済的に買えなくなった途端ほとんど無視されるようになったという。

他にもTVなどへの露出が目立つ医師数人からの紹介状を受け取ったことがあるが、どれも1行から2行の内容のないものだった。

まともな診療をしていないので、患者のことをほとんど知らないのだろう。紹介文が書けるわけがないのである。処方内容もひどいものだった。依存性の高い薬でリピート受診させていると瞬時に分かった。

こういう医師たちはいわゆる“自己愛パーソナリティ”というタイプの人たちだ。

特権意識が強く、自己顕示欲が強い。自分の利益のために耳障りのいいような言葉を囁き自分のことを優れている人間だと相手に信じ込ませる。そして金銭を巻き上げていく。自分の利益のためには他人を踏みつけてもなんとも感じない人たちだ。

どこの世界にも必ずいるのだが、“有名な”ということが質実を伴ったものかどうかとは一致しないことを知らなければならない。それでもいいから、TVに出ている有名な人にかかりたいという人はいる。有名な人に診てもらえている自分を有名人と同一化して自分も誇らしいと思い自分の価値が高まったような気持ちになるからである。

私の師匠は知る人ぞ知る超一流の総合医かつ精神科専門医であったが、メディアへの露出は一切拒否し、ホームページすら開設せず、玄人の人や実際に受診したことのある人からの紹介でしかその存在を知ることのない診療所を何十年も続けておられた。信頼関係の輪を広げていくような形で受診者が積み重なっていたので、簡単には真似できない濃厚な治療を提供していた。ネットで見てドクターショッピングしてはすぐにポイ捨てする信頼関係もできないような患者に無駄なエネルギーを注ぐことはなかった。逆に言えば誰でも簡単にアクセスできるようなところでは、一人一人に信頼関係の上に成り立つ濃厚な治療を提供することは困難であると言える。真剣に治療したいという姿勢がない患者(不思議だが、意外と多い)が冷やかしに受診してその度に全力を尽くすというのでは医師やスタッフはすぐに疲弊してしまう。

お金儲けとは対極的な姿勢となるが、私も師匠を一部真似て、現在はテナントビルの看板とこのホームページ以外は一切広告は出していない。私も開院当初は取材を受けたこともあったが、当院のスタンスを理解してもらう目的にはあまり役立たないので引き受けないことにした。Googleに大金を払って、広告が検索にしつこく引っかかるようにするとか、裏の宣伝ページを作ったり、やらせ口コミを売買するなど、最近はネット広告に力をいれているところも多い。私は断り続けたが、Googleの広告勧誘には興味がないと伝えた時は、(Googleを名乗る会社から)かなり脅された。評判が落ちて大変なことになりますよとか。他にも悪い業者がたくさんいた。また別の機会に紹介しよう。

宣伝に積極的すぎる機関で実際信頼できるところは少ない。もうこのホームページもやめようかとも考えているが、当院のスタンスをご理解いただいた上で受診していただきたいし、臨時休診のお知らせなどやはりあったほうがいいのではないかと迷っている。世の中で生きていくためには多少の自己アピールも必要だが、誇大広告にはうんざりするし、自分も気をつけねばと思う。こちらのホームページでは当院でできないことを詳細に記載している。恥を晒しているとも言えるか。偉そうなことを散々述べたが、私の技術が特に優れているということは決してない。それゆえ、ご期待に添えない時は正直に能力不足を認めてお伝えしている。その点で、期待して電話をかけてくれた方を落胆させてしまうこともあることは事実である。当院への悪口はほとんどが当院の治療指針と合わずに当院受診に至らなかった人たちからのものである。しかし受診してからがっかりさせるよりはましだと考えている。

以上今現在の私の主観的な話である。商売としては大失格な私である。

人それぞれの価値観があり、何を良しとするかはその人次第である。また、何年か経てば価値観も変わって新しい視野が見えるかもしれない。今はただ、価値観が一致する組み合わせで治療が行われるのがお互いに幸せなのではないかと感じている。

なんだか話が脱線してきた。

そうだ、ジェラートを食べよう

※大野裕先生、古賀良彦先生、野村総一郎先生をはじめ、メディアでご活躍かつ実際に素晴らしい精神科医の先生方もいらっしゃいます。