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8月 21, 2022

金持ちってどうよ。

冗長でくだらない独り言...

この話には結論もない。

 

先日1通の手紙を受け取った。

大学生時代に返還不要の奨学金を支給していただいた、奨学金育英基金からのものだった。

低金利のため資金の運用がうまくいかず、後輩たちの奨学金を用意することが厳しくなっていると言う趣旨のものだった。

 

私はこの手紙を受け取るたびに、毎回できる範囲で寄付を行なっている。やはり恩返しはしたい。本当に助けられ感謝している。これからも恩返しは続けていく。

 

私が育った家庭はいわゆる低所得者層に位置する家庭であったため、中学の頃から日本育英基金など最大限の金額で奨学金を貸与されていた。奨学金というと聞こえは良いが、ただの借金である。ローン返済は医師になっても長期間続いた。

 

現在では違法状態だが、私が研修医の時は大学病院の給料は25000円だった。日給ではない、月給である。正確に言えば、無給に奨学金25,000円。もちろん社会保険もなし。多分、医師として日本一安い給料だ。生活のためには他所の病院で夜勤や当直のアルバイトをしてなんとか生き延びていた。

 

話は大学時代に戻る。第一志望の国立大学にあと3点で不合格となった(当時点数開示があった)私は、挫折感と劣等感に満ちた大学1年生を過ごした。アクシデントで受験日当日、最初の1教科目を受けられなかったという言い訳もかっこ悪く、それも実力のうちだと今は納得している。

 

同級生には日本有数の大企業の御曹司や、それぞれの分野でご活躍され著名な親を持つ御子息、ご令嬢がたくさんいた。低所得者層と呼ばれる家庭で育った者は私を含めて3人確認できた(実際にはもっといたかもしれない)。その3人は奨学金ローン以外に、返還不要な奨学金を勝ち取ることができたのである。自虐的に「ビンボートリオ」と名乗った(貧困とはいえないが)。

 

私の出身校は皆様の思い込みに反して私学の中ではダントツに授業料が安かった。

学生の質を保つために大学が身を切る努力をしていたそうだ。職員の給料の安さもそのひとつの表れだったのかもしれない。

それでも私が卒業できるかとても不安ではあった。

 

しかし、同級生たちは所得の低さを馬鹿にすることは一切なく、分け隔てなく友達になった。

私は4畳半、風呂無し、トイレ共同のアパートに住んでいたが、友人たちがよく集まってきた。

みんながお酒を持ち寄って笑っていた。友人が泊まった夏の暑い日にエアコンがなく、ドアを開け放ち寝ていたら、暴走族がうるさくて眠れなかったが、それも楽しかった。

 

世の中では、金持ちの息子ほど鼻持ちならん奴はいないだろうと勝手に思っている人が多い。

私の同窓生の多くは経済的に恵まれていたためか、金金いうこともなく、人を妬むという邪悪な心もなく、やりたい医療や研究を純粋に追求し、目の前の患者を救おうと真面目に臨床に取り組む人が多かった。私が受診するならば同じ大学の同窓生が良いと決めている。裕福な家庭で育って羨ましいと思ったが、相手には傲慢さも見下す態度もないので、妬むという気持ちはあまり発生しなかった。

 

もちろん、同学年100人のうち2~3人くらいはカネの亡者に見える。

 

そのうち1人は父親が政治家、とても傲慢なやつで、学生時代に車3台、高級マンションに住んで、いつも誰かを馬鹿にしていた。医師になってからも何年かは親から毎月50万の生活費をもらっていた。医療従事者の心はなく、良心的ではない(と私が思う)やり方で金儲けし、趣味に没頭、プロの腕前となっている。彼はIQが非常に高く、人を言いくるめてモノのように利用するので、経営者向きとも言えるが、同期はあまり近寄らない。

 

しかし、超高学歴国立大学出身の医師にはもっともっとビジネスを徹底的にやっている人がいる。いわゆるアスペルガータイプであまり共感性や他者への思いやりがなく、超合理的に物事を考えて、その優秀な頭脳を効率的に金儲けに利用し、経済的に大成功している方も少なくない。

金儲けが悪いという考えは正しくない。大いに稼いでいいと思う。ただ、人を損ない搾取するその方法や思考によって非難されるべきである。

 

もちろん、地域のために社会のために命がけで活動している超高学歴国立大学出身の医師も身近にいらっしゃる。

その方も裕福な家庭で育ったと伺う。

 

また、莫大な収益を上げ、信念を持って社会貢献をしている同期もいる。従業員500名の大企業で、低所得者層向けの老人施設も新たに作るなど人の役に立つことをわすれない。間違いなく金持ちだが、ノブレスオブリージュというのか。

 

人々はいろいろな先入観を持っている。

私が大学医局の人事命令でとある病院に勤務していた。元々は医局の大先輩が創設された愛のある病院だった。

病院の事情で、突然そこに地方国立大学出身の医師が部長として赴任してきた。その方の仕事は、重症な患者さんたちをもがきながら懸命に診てきた職員たちの仕事を全否定することから始まった。張り切って自分ができるところを見せたかったのかもしれない。しかしそれぞれの病院にはそれぞれの事情があって、他の病院のシステムをそのまま使えるという訳ではない。

私に対しても、「何一つ不自由ないだろう」「イケスカナイやつだ」と追い詰められ、私はとても消耗した。いつも自分を大きく見せることに注力し、偉人の言葉を並べたて、今まで集めてきた名刺を見せて「人脈と力がある」と誇示した。期待感をもたせる話が上手で、私も最初はとても喜んだ。しかしすぐに職員たちは皆「薄っぺらい人だ」と失望した。自己の利益のためには人を利用していくという合理主義が明確で、言葉の力を悪用した。正体がバレると求心力を失い、馬鹿にしていた病棟マネージメントもできず、いつも真っ赤な顔をして看護師を怒鳴っていた。

ドケチな人だったが、看護師に「一億円の貯金がある」と自慢していた。金融資産1億円というのは富裕層といえるが、金持ちというのかどうかはわからない。何か残念だった。頑張っているスタッフを見下し、皆を傷つけ、個人的な目的を達成すると去っていった。愛のない人だったと思う。

当時私はやりたいことをやるために開業の計画を練っていたが、部長には「開業して何かよいことがある?フェラーリでも乗りたいのか?」と強くけん制された。フェラーリには興味がなくそういう問題ではなかったので、話は通じなかった。結局私が計画していた場所で先に開業していった。今となっては私は上尾のほうが気に入っているし、良かったと思う。生存競争だから仕方ないけれど、こんなにケチな先輩医師には出会ったことがなかったので、しばらくはネガティブな感情を抱いていた。今回向こうからかかわってこなければこのようなことは書かなかった。

私は合理主義の一種を学んだが、人を過度に期待させて裏切る罪も知った。私が初診患者さん向けのクドイ説明書を書いているのは、誇大広告、言葉の力による裏切りをしたくないからだ。

ひとつ大事なことは、医学生を育てるための教育費はかなりかかる。国立大学医学部の破格に安い授業料は、皆様の税金からなる公的資金が投入されていることの恩恵だ。そういう感謝の気持ちがあっても良いのではないか。

だいぶ脱線してしまったが、いろいろな体験から、お金持ち2世はとても羨ましいけれど、純粋に医療に身を捧げる人も多いという点で、尊敬できる良い側面があると感じていた。

 

お金持ち2世の医師でも全く方向性の異なる方もいた。

私とは別の医局出身の歳上女医さんに本当に驚いたことがある。大病院のご令嬢で、彼氏に高級外車を買ってあげるほどのお金持ち。いつもハローキティ人形を抱っこしていた。診断も治療もめちゃくちゃだったが、女医さん目当ての患者さんは少なくなかった。薬の副作用が出ようが、命に関わる状態だろうが、全く無関心で放置していたため、同僚たちがいつも尻ぬぐいしていた。後進国に旅行に行き、現地の人たちを集め「私があなたたちを救ってあげる」とのたもうた。まず、兎に角、その前に、真っ先に、日本であなたが担当している目の前の患者を救ってくれ!と私はこころの中で叫んだ。金持ちとは関係ないかもしれないし、関係あるかもしれない。一つ言えるのは彼女は人を妬んで積極的に意地悪をしようというような人間ではなかった。

 

金持ちって幸せなのか?

今日の生活をどうするか、追い込まれた経済状況では幸せどころではないかもしれない。

食べていける収入があるということは幸せに欠かせない。

 

同業者ではないたくさんのお金持ちも見てきた。

運送会社社長の知人で年収1億円の上、経費でランボルギーニなどのスーパーカーなどあらゆるものを買い放題という方がいた。そんなの税理士が認めるんですか?と尋ねたら、「いうこと聞かせるんだよ」と低い声で笑った。父親がとある道の親分だったということもあり、亡き父親への恐怖と愛着が混在した孤独な苦しみを抱えていた。

「金は塩水みたいなものだ。飲めば飲むほど喉が乾く」と語った。

私のことを誤解されたのか、「五分五分の兄弟の盃を交わそう、何かあれば力になる」とおっしゃったが、このご時世よろしくないのでお付き合いをやめさせてもらった。

金は人々の怨念を纏っていると聞いたことがある。金を集めるとたくさんの人の怨念も乗っかってくるということかもしれない。

 

どのような経緯で金持ちになったのか、その点は重要だ。

代々地主さんで、土地や不動産を貸して生活している人など、自分自身で築き上げた財産ではなく親世代から引き継いだ財産を持っている方には倹約家が多い。最初から持っているものを失うことに恐怖し、財産にしがみつく。代々の財産家の心の闇はとても深いと感じることが幾度となくあった。

 

貧乏が悔しくて、努力を重ねて財をなす方もたくさんいる。

その中には立派な経営者もいて、そういった美談はよく聞く。

いろいろな原動力が人を動かし、その過程と結果が良くて、人を幸せにするならば、貧乏も悪くない。

 

結局、その人の元々持っている資質と環境の組み合わせで、千差万別。

パターン分けすることはできない。

 

私は元々何も持っていない人間だ。

なかったことが基準となっている。

働いた分の給料は正当に得たいとは思うが、

頑張って稼いだお金は使いたい時に使ってきた。

また、恩返しのために奨学金基金に寄付もするし、社会福祉法人にも寄付をする。

寄付してますっていうのはカッコ悪い気がするけれど。

もちろん自分の生活が脅かされない程度にこつこつと。

社会福祉法人への寄付は罪滅ぼしのためでもある。

私は福祉の精神が足りないので、積極的に関わっていない。

私にできることは、元々持っていなかったものを、お返しするだけだ。

最後はゼロになって死ぬのが良いと思っている。

 

ちょっと極端な提案もある。

お金持ち2世に罪はないし、生まれながらにして不公平なのは仕方ないかもしれない。また、苦労ひとつしたことがないとか、傷ついたことがないという人は世の中にいないのではないだろうか。

ただ、親のお金で裕福な生活を享受してきた上に、遺産を相続して金持ちが連鎖していく。裕福な環境ではスポーツや習い事の選択肢も増えるし、チャンスがたくさん与えられる。

親世代でいくら稼ごうが、子ども世代でリセットしてもいいのではないかと思う。

「相続税100%。全ての生まれた者に3000万円与えて人生をスタートさせる」

とか、笑。大金持ちの資産を分配したら余裕でできるのではないのか?

それでは違う国になってしまうか。

 

で、金持ちって幸せなのか?

障害者年金以外の収入がほとんどないが、慎ましくも幸せに過ごしている患者さんもいる。

 

やはり、「幸せはその人の心が決める」なのかな。

 

本当の貧困を知っている人からすれば、くだらない話だ。

 

もう一つ付け加えると、今や日本は世界的に見れば収入が低い貧困国になろうとしている。

どんぐりの背比べ、足の引っ張り合いをしている場合なのか。

 

 

金持ちってどうよ。

 

*注:個人を特定できないように、情報の一部を加工するなどの調整をしています。

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